「進化の過程・・・ 

  • 2010/10/09(土) 07:33:12

 世界的に有名なビートルズが出た頃
あんな音楽は認めないと
世の大人達はそれを受け付けなかったらしい
まぁ、有名なお話しだ
それが今では学校の
音楽の教科書にも載っているっつ〜有様
その時の大人達が生きていたら
なんて言うんだろうね・・・

 時代の流れの中で
まぁ、様々な物がその形を変えてきたわけだ
技術しかり
文化しかり
芸術しかり
そして
それを時に人は「進化」などと呼ぶのだが
時に人は
「常識」すらも
「思想」すらも
(都合よく)変化させてきたわけだな・・・

 いや
時に人は
「正義」ですら
「悪」ですら
「人殺し」ですら
(都合よく)その価値感を変えてきたわけだな・・・

 少し難しい話しするから
ついてこれない人は
残念だけどここまで・・・

 しかも
多分3部作くらいになっちゃうと思う・・・

っつ〜か
ま〜たお前は語るんだ・・・
今回は何についてだよ・・・

 このブログのテーマの一つでもあるのだが
オレはいつも世に問いかけているのだが

「今正しいと思っている、あなたのその「常識」は
 本当に正しいのですか?」っつ〜事がある
いや
「そもそも「常識」とは何ですか?」っつ〜事がある
いや
「そもそも「何を基準に」オレは間違っていると言われるのですか?」
っつ〜
とても素朴な疑問がある・・・
いや
もっと掘り下げて言わせてもらえれば
その「常識」や「一般論」は
5年後も10年後も正しいのですか?
あなたのその「価値感」や「考え」は
本当に未来永劫変わる事なく
「「あなた自身の中で」導き出した
 汚れなき、自信に満ちた、不変の「思考」なのですか?」
という
問いが存在するわけだな・・・

 例えば
争いはいけないと
恨み、辛み、妬みはいけないと
人は殺めてもダメだし
自ら命を絶ってもダメと
まぁ、ほとんどの宗教では当然のように
そんな内容を説いているんだけども
まぁ、可笑しな事に
世の戦争の
なんと7割以上は「宗教戦争」の
侵略戦争が原因なわけだ

 例えば
もう概念的に
「人殺しはダメだ」と
それはもう生物的な細胞レベルで
みんながなんとなくそんな事は理解しているんだけども
でも
戦争が始まったら
まぁ、人殺しも
まぁ、しょうがないかな・・・
むしろ
イヤとか言ったら
オレが殺されちゃうかな・・・ みたいな・・・
非国民とか言われて
家族みんなが村八分ににされちゃうのかな・・・ とかね

 まぁ、つまりは
今ある「常識」も「一般論」も「当たり前」も
全ての思想も価値も
命の重さですら
何一つ正しい事なんてないし
何一つ間違いなんてないし
いや
正確には「変わっていく」し
正確には「変わっていかねば」だし
ついてはその「変化」っつ〜のは
恐らくだけども
「多分全て正しい」と言わざるえないわけだな・・・

 昔のビートルズを受け入れなかった大人は
「その時の価値感」では
間違いを声高らかにあげたし
「今の価値感」では
教科書に模範として載るし
ではでは
ここにお互いに間違いはあるのだろうか?っつ〜事
いや違う・・・

 そもそも
そのように価値感が
時間の流れの中で変化していく時に
つまりは
「正しい」も「間違い」も
まだちゃんとした一つの結論が出ていない時に
「何を「基準」にあなたは答えを出しているのか?」っつ〜事だな

 世の中で
「その答えの支持率が高ければ
 それがあなたの正解なのですか?」っつ〜事

っつ〜か
わかる人だけでいいから
ちゃんとついてきてね・・・

 これには大きな問題が2つある

1つ目は「その答えの基準は何か?」っつ〜事
2つ目は「それは本当に自分で考え、導き出した答えなのか?」っつ〜事

一番目の問題は
価値感の変化の過程において
(進化及び退化の過程において)
いつの(時間軸)何が(思想や思考)基準となり
どのような過程(回答を導きだした道筋)を辿って
その答えが出たのか・・・

つまりは
何を基準にビートルズの音楽はダメと言ったのか
つまりは
何を基準にビートルズの音楽は教科書に載るようになったのか

最も重要なのは
「全ての人を納得させるだけの根拠が
 何も説明されていない」っつ〜ところだな・・・

何を納得しろと言うのだろう・・・
いや
納得など出来るわけないだろう
当たり前だろ
当たり前だと思わないか?


にも関わらず
それを語る世の大衆達は
「さもそれを当たり前のように
 我が物顔で、いけしゃあしゃあと
 いかにもなツラァ〜して語る」
語りやがる・・・
しかも大概は
その答えは「自分で用意した物ではない」くせに
だ・・・
「みんながそう言うから」
だ・・・

 昨年「情報化社会・・・ 廖H21年11月23日)っつ〜記事で
「ゆとり教育の問題点」っつ〜事で
「考える能力の欠如」を挙げたけども
はたして本当に
世の大衆達は
自分でちゃんと考えているのだろうか?
自分で考えだした答えを自分の回答として
世から非常識と呼ばれている人達を糾弾しているのだろうか?
少なくともオレのような少数派と呼ばれる人種は
有象無象の大衆よりも
よっぽどいろいろな事を自ら考え
悩み、答えを導き出していると思うのだが
いや
その答えにおける道程や仮定もきちんと説明も出来るのだが

「何故大衆は
 自ら進化、変化をしようとしないのだろうか」

「何故大衆は
 自ら回答を出そうとしないのだろうか」

「しかもその回答すら
 変わっていくべきだと言う事がわからないのだろうか」

「何故自分を、その答えを、全てを、常識を
 疑わないのだろうか」

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明日はもう少し違う角度から問いかけてみます・・・

まぁいつもの事だけど
興味のある人だけ読んでくれればいいよ・・・